ワンルームの趣味人

読書とプログラミングについて書ければなー?って感じです。

考えをまとめた雑記①

こんにちわ。たまには自分の考えをまとめた雑記を。

(本当に雑記。自分の考えに偏りがあるかもしれないから自分の考えが変わった時用に定期的に見直す所存)

ツイッターで電気こうたろうさんが描いた亡くなった人の姿が見える町で恋人の影を探す「会えない人」という漫画を読みました。その漫画はあまりにも言葉が少ないのでその時は何を受け取ればいいのか分からずになんとも思わなかったのですが、数日経ってたまには深夜のドライブをしようと思いガソリンを燃やしていると、ふと頭に内容がよぎり後から「あー考えさせられるなぁ」という内容だった。

自分だけではないと思うんですが、今ではもう亡くなって会えない人や生きているはずだけど会えなくなった人がたくさん居ます。その会えなくなった人達の影を追うという行為は、自分の中にある記憶を辿ってその人との関係だったりを思い出して感傷に浸る行動だと思います。この行動を漫画などで客観的にみるとすごく虚しい行為なんですね...会えない人を思い出して感傷に浸っても解決するものが何もないって気付くからこそ前を向けるんだなぁっと気付きました。この亡くなった人の影を追う行動には”何も意味がない”と気付かない限り、自分の人生を捨て続けるんだなという話。

 

ドライブをしてると気付いたことがあってインプットを遮断するとアウトプットしか出てこないということ。わかりやすくすると、普段生活してるなかでTVやSNSなど、情報の良し悪し関係なく”インプット”が豊富です。この情報過多のインプットをお風呂やドライブなどで遮断すると、人間は頭の中にある知識や情報のことしか考えが出せないので、アウトプットしか出来なくなります。つまり考え事がすごく捗るなぁということです。だが、どちらの状況でも紙が使えないのでメモがしづらいという難点があり、スマホか別の物理的な道具か何かでメモできるといいなぁ~って話。(音声入力がアイデアとして浮かんだけど音声入力をあまり信用していない)

 

ここ最近、ファクトフルネスという本を読んで自分が持つ世界の知識が古いんだということに気付かされて知識のアップデートを意識しなければ!となった。まず「先進国」「途上国」に世界は分断されてるという考えが自分の頭の中には少なからず片隅程度にはあった。それは、自分が小学校の頃に教科書で見たか授業で習ったからだと思う。それから20年ぐらい?は経過して(...いや、経過はしてなかったけど)、明らかに日本は変わってるって分かるのに世界はいまだ「先進国」と「途上国」の分かれてるって考えのままだった。東南アジアには行ったことないけど自分が思ってるよりスクーターに乗って生活してる人が多いと知ったり、世界の1歳未満の子供が予防接種受けてる割合が80%もあるとは思わなかった。(これはインフラの発展や病院の数、看護師などちゃんと良くなってるという事実)

自分がたまに見るニュースなどで世界の良くないという偏った情報ばかりみてたのと自分が持ってる世界に対しての知識が小学校で止まっていることで「世界は悪い方向に向かっているし、あっちの国はあのままなんだろうなぁー」という認識を自分が持っていた。けど、事実を知るとアフリカや東南アジアなどを含め、世界は良い方向に向かってるから安心して外国株や海外ETFに投資できるよね!というお金の知識と世界の知識が繋がった話。(ユニクロやGUなんかの洋服をみるとタグで見かける国がmade in ベトナムやミャンマーとかで品質が悪いと思うことも無いし自分が持っていたイメージとのギャップで関心するようになった)

 

他に考えがまとまったら書くと思うので①と付けた(まとまるとは言っていない)